書いてて思ったんだけど、やっぱ難しい言葉が並ぶと脳がいやーーーーーーーって拒否感出すんで、純粋に会計の歩んだ歴史をヒューマンドラマとして書いて行こうといまさらだけど決めた。最後の章は現世界王者アメリカだ
ヨーロッパ社会に衝撃を与えた鉄道建設は、海を超えてアメリカでも熱狂を巻き起こす。当時、鉄道会社で働くことは若者にとってのあこがれで、スコットランド移民の少年が鉄道会社に就職し、原価計算を学んでサクセスしていく話からだ。
彼の名前はアンドリュー・カーネギー。鉄道会社で最先端の原価計算や経営管理について多くを学ぶ。原価計算の基本体系は19世紀のアメリカで誕生する。それはヨーロッパとは違い分業制が隆盛したこととが起因している。熟練工が少なく、素人ばかりで、バリ人件費が高いアメリカは、高品質で大量生産出来るようにオートメーション化が図られるようになっていった。しかしオートメーション化が広がることにより、工場では機械が増えて減価償却費の割合が大きくなる。多く作れば作るほど製品原価は下がることから、製品の供給過剰を招き、販売価格の下落に繋がっていった。思い切って投資した巨大設備と売れなかった在庫たちを抱えた製造業の経営者は頭を抱える。カーネギーは自らが企業した製鉄事業経営する上で製品コストを明らかにする原価計算して適正価格を重視することを、鉄道会社での勤務から学んでいた。
1894年のゴールドラッシュはカリフォルニアの製材所から金が発見されたことで、一攫千金を狙う者たちが押し寄せる事で始まる。ただ実際は金が獲れたのは最初のうちだけ、リーバイ・ストラウスは金を堀に来た人々に丈夫なズボン売りつけ、のちのリーバイスというブランドが誕生する。自ら金を掘るのではなく、金に群がる人々に商売することで成功した。ブームを急ぐのではなく、一呼吸おいて儲ける方法を考える。ITブームでどこが勝ったのか、AIブームになってどこが勝つのかと考えるだけでも非常に興味深い。
10年後、こんどはタイスビルで石油を掘り当てたという噂を聞きつけ、人々が群がる。しかし埋蔵量がべらぼうに多く、今後は石油価格が値下がりしていく、ゴールドラッシュよろしく最初に駆けつけたものは儲からない法則の発動。ジョン・ロックフェラーは採掘事業ではなく、掘った石油を精製する事業から始め、成功する。ロックフェラーは価格競争を避けるためにも、ライバルを潰すために買収をしていく。そうして出来たのがスタンダード・オイル社。
ロックフェラーと同時期に買収王として名を馳せたのがJ・P・モルガン。鉄道ブームにより、ずさんな経営から破綻していった会社を買収していった。この時期に誕生した業種の異なる企業同士の合併や、買収などで、多くの企業は持株会社の形態をとっていた。そうなると全体の業績がわかりにくい。グループ全体の業績を明らかにするために連結決算が考案される。
1901年J・P・モルガンが経営する鉄鋼会社とアンドリュー・カーネギーが保有する製鉄会社は合併し、USスチールが誕生する。これが史上初の10億ドルを超える企業の誕生だった。
ドイツで自動車を完成させたカール・ベンツ。第一次世界大戦の賠償金を背負わされてドイツ事情により、ダイムラー社と合併して1926年ダイムラー・ベンツとなる。同時期アメリカ。ヘンリー・フォードはオートフォーメーション化が進んでいたことから、大量生産でコストダウンして販売することに成功。そんなフォードをはじめニューヨークの証券取引所は多くの製造業で勢いづく、その賑わいは第一次世界大戦の勝利により、さらに活気付いた。1920年代のアメリカにジャズエイジと呼ばれる大量消費社会が到来した。そんなアメリカの狂乱を切り取ったのがグレートギャツビーだ。
ギャツビーのラスト同様、破滅への足音はすぐそこまで迫っている。
1929年10月24日暗黒の木曜日、ニューヨーク株式市場の大暴落。多くの投資家が財産を失い、多数の自殺者が出る。そんな大恐慌の中、私腹を肥やした大悪党が誕生する。
大悪党の名前はジョー・ケネディ。J・F・ケネディの父親だ。ジョーはハーバード卒業後、銀行検査官の職につく、そこでバランスシートの読み方や経営分析を学び、裏情報も手にいれる。ジョーは危ない企業の情報を掴みつつ、情報操作を行なって、株価を動かす。当時インサイダー取引は禁止されていなかったため、手口を広げて財産を蓄えていく。そんな悪名響くジョーが目をつけたのはフランクリン・ルーズベルト。大統領選を多額の献金でバックアップする。そして晴れて第32代アメリカ大統領の座につくルーズベルト。ジョーはいいポストを寄越せと何度も連絡をしてくる。そこでルーズベルトは新たに新設されるアメリカ証券取引委員会の初代長官に任命する。ルーズベルトは泥棒を捕まえるには泥棒が一番だろうと考えたのだ。そんな大役を任されたジョー、悪友達を説得しながら新たなルールを次々と導入してく辣腕を発揮していった。
これらの改革により、初心者でも安心して株式市場に参加出来る投資保護に、さらに会計は家計簿的私的な性格から、投資家を保護する公的なものに変化したのである。経営者はルールに基づき正しく決算書を作成すること。正しく作成されたかどうか監査をうけること。決算書を投資家に対して公開すること。大恐慌を経て、投資家保護の考え方が浸透し、新規客も安心してマーケットに入れるようになる。時は経ち、20世紀後半ITの発展により証券取引の状況を一変させる。アナログで行われていた取引はコンピュター上の取引に代わり、国際的に繋がった事で世界市場のマーケットが誕生する。世界中の株式を世界中の投資家が買うことになったのだ。
そんな折、ある事件が発生する。1993年初めてドイツ企業として初めてニューヨーク証券取引所に上場したダイムラー・ベンツ社はアメリカの会計基準では赤字になってしまった。国際会計基準をつくろうとするが、どの国も自国にとって有利なルールを望むため調整は難航、駆け引きの中心となっていたのはアメリカとイギリス。しかしアメリカは急に折れてイギリスの提唱する基準を受け入れる姿勢を見せる。ただそれは受け入れる姿勢を見せたことで、腹では自分たちの主張を通りやすくさせてたい思惑からだった。そして国際会計基準の調整闘争は現在も続いている。
話は変わり、名前を聞いたらひれ伏したくなる会社マッキンゼー。アメリカの超大手コンサル会社で超絶エリートじゃなきゃ入れない。そんな会社を作ったシカゴ大学の会計学教授ジェームス・マッキンゼーってお話。
船の時代に誕生した簿記・会計は、蒸気機関車の時代に大きな発展を遂げ、自動車の時代に現在のカタチとなった。そんな自動車と製造業の時代いちばんの悩みは需要の急変だった。好況のときに合わせて作れば、不況になったときに作りすぎで、不況に合わせていると好況になったときに売り損じになる。
そこでマッキンゼーは需要を予測して生産計画を立てることを提唱する。来年を予測し利益の計画を立てる予算制度、予算管理はここから始まる。今では来期の予算を作成して目標数値に向けた運営をしていくことは当たり前すぎるんだけど、この時までは概念がなかったのである。
お次もひれ伏したい会社ゴールドマンサックスのヘンリー・ゴールドマンと、友人のリーマンブラザーズのフィリップ・リーマンは、フォードの株式公開などのビックディールを成立させてウォール街でも有名になる。最初は株主公開の手伝い、つまり資金調達の手伝いをしていたゴールドマンサックス、やがて自らも株主になるようになった。価値が過小評価されていたり、割安になっている会社を見つけ、株式を保有したのちに、株式公開、売却、合併により収益をあげることを考えた。企業価値という概念の発明される。
企業価値はその企業が将来稼ぐキャッシュの合計を予測して決まる。ゴールドマンサックスは企業価値を正しく評価する能力、それを高めるノウハウでリターンを高めていくことに成功した。20世紀後半には投資信託(ファンド)も続々と登場。これにより会社へ出資する株主は個人から、投資機関から機関投資家の存在感が増してくる。
それまでの簿記、決算書にはなかった未来を対象とする管理会計と資金調達(ファインナンス)。イタリア・オランダ時代商売人にとって簿記を理解して帳簿をつけることが数字の力だったのが、産業革命のイギリスからアメリカにいたり、組織として大規模になると決算書を読む力が必要となった。そしてコンピュターの登場と発展は帳簿をつくるから数字を読むへのシフトをさらに後押し、決算書はソフトウェアでつくってくれるが、数字を読むことは人間が行わなければならない。パソコンの時代になって管理会とファイナンスの重要度が増し、これから必要な知識は利益計画や将来のキャッシュフローといった未来を描く力だよって話。
コメント